辛いのは頑張り過ぎているから。仕事・育児家事に疲れて壊れた私が見つけた幸せに近づく考え方。

今日はいつもより、どんよりブルーマンデーな人も多いのかもしれない。

「力が抜ける」って語ってくれていた辻仁成さんの言葉がしっくりきてる私です。

辻さんの日記↓
滞仏日記「なんで? と思い続けた一日。ぼくが考えたこと」

 

ドラマ好きだからここ一か月の俳優さん、女優さんの訃報を受けて悲しいやら、切ないやら。

人が旅立つというのは、自分とは面識がない人でやっぱり何か刺さるもので、、、

顔を合わせていなくてもテレビ越しにみていたあの人がもう、いないのか…という

なんといったらいいのかなぁ・・・自然と励まされていたり、元気もらっていた「あの人はいないのか・・・」っていう、ね。

切ないです。

だから、身近な人やファンの方は尚更、本当に言葉では言い尽くせない哀しみ、喪失感があるのだろうと思うと、また、切なくなってしまいます。

自分ではどうしようもできない大きな壁にぶつかった時、本当に無力さを感じる。

けど、無力ながらも何ができるか・・・そう思いを巡らせ、悲しみを受け止めつつ、これ以上悲しみが悲しみを呼ばないように出来るだけ前を向くように生きようと思っています。

どうぞ、安らかに。
そして、温かい風が吹きますように。

悲しい訃報を受けて、私もあの時、病気になっていなかったら、どうなっていたんだろうか・・・と思い出したことがあり、今日は「生きること」「幸せになること」をテーマに向き合ってみたいと思います。

辛くて苦しい時は、頑張り過ぎている時。だから「頑張らなくていい」ことを思い出そう

追われるような毎日に生きづらさを感じる、きっと誰もが感じる瞬間がある

こんな終わりの見えない日々を、

とにかく毎日をこなして生きてる

楽しいとか、嬉しいとか、ポジティブなことを考える余裕などなくて、とにかく「毎日をこなしてる」というのが一番しっくりくる

そういう日々を送っていた時が、私にもあったなと思い出ました。

あの時は、一人で抱えて、もっと頑張らなきゃ、って周りに頼ったり、甘えるのも下手だったなと思う。

周りの人たちが普通できてるのに、なんで自分は出来ないんだろう・・・

私も頑張らなきゃ!って、焦りや不安、自己嫌悪だったり、孤独も感じていたのかな・・・すごく自分で自分を追い込んでいたなと、振り替えって思う。

今は、みんな弱いところがあって当たり前、出来ないことがあって、それでいいんだと思える自分がいるけど、出来てしまう人ほど、真面目な人ほど、「頑張れ、頑張れ」って、自分を追い込んでしまうのかもしれないと思う。

 

亡きみつをさん、ホントに名言を残してくれてます。

 

・・・・にんげんだもの

 

にんげんだもの、つまづくし、間違えもする、完璧じゃない。
そこを目指そうとするから苦しくなる。
弱音はいていい。

人に弱くなれた分だけ、他人の弱さも認められる人間になれる。
最近はそう思っている。

 

弱音や感情をみせられないのは、自分がダメな人間って認めてるようで嫌なのか

 

こんなダメな私は嫌われてしまうんじゃないか、そういう恐怖なのか

 

私はどちらの気持ちもあったなぁ~と振り返って思うけど、どんな自分でも好きだよ!って言ってくれる人はいる。むしろ、弱さを見せてくれる人の方が信頼できるし、仲良くしたいとさえ最近は思う。

 

「辛い・・・けど、頑張らなきゃ!」もう限界はすぐそこにきてたのに一人で抱え込んで苦しんだ結果

独りで頑張って弱さもみせられなかった私が、ある時プツっと頑張る糸が切れてしまったのは、もう10年前のこと。

・・・一気に、社会不適合者になってしまった。

当時は、周りと足並み揃えられないこと、みんなが普通に出来ることが出来ない自分がダメ人間に思えていたんです。社会になんも貢献できない、、、お荷物みたいな感じで。

より上を目指すことが望ましい、という風潮もあったし、それが「正」であると信じて頑張ってきたから、プツって糸が切れた瞬間は、もう、ホント、どうしたらいいかわからなくなってうろたえたよね。

カッコ悪い自分もさらけ出すのも怖くて、でも、どうしたらいいかもわからなくて、とっさに、親友にメールした。

そしたら、「もう、そんなのメールで済ませちゃいな。」って言われて、無責任にも、メールで「明日から会社に行けません」って送ることができた。

 

他人に迷惑をかけるんんて、非常識。出来るだけ自分のことは自分でやらないと、性格なのか教育なのか、環境のせいなのかわからないけど、人としてちゃんとしないと認めてもらえない、という概念があったのだろうな・・・と思う。

 

当時は、育休あがりで仕事も復帰したばかり。体制の変わった会社についていくのが精いっぱい。今までのスキルが通用しなくなって追われるように覚え、仕事もして、帰っても育児と家事に追われる。

 

助けて~~~って言える相手が夫なのだが、その夫は「赤ちゃんは我もに障るみたいで・・・」「家事なんてやらなければいい」と。

 

本当にやらないと困るってことだけ、やってればもう少し救われたのにって思います。

仕事も育児も家事もとあれもこれもちゃんとやらないと!って意固地になっていたんですよ。

頑張ばらないとダメなんだって、自分がダメ人間になっていきたくなかったから。

でも、そもそも自分は何のために生きてるんだ?・・・なんていう答えも導けないけど、でも大切な究極の質問、それまで考えていなかったなと思うんですよ。

だから結局、人に評価される自分に価値があって・・・って、だから、いつも頑張らなくちゃいけなくて。

結果、自分崩壊、自分ロスな私が出来上ってしまったわけで。

けど、追われるような毎日は生きることに精一杯で、自分の幸せなど考える余裕がなかった。

「幸せになるために・・・」

と思って生きていたんだろうかとあの時の自分に問いたいくらいだけど・・・

 

いろいろ見えてなかったなぁ~~~~って思う。

 

今も昔も、もう立派な成人でしたけど(笑)、あれからの10年間の気づき、これからの人生に大きく影響するなと思っています。

 

だからね、私の経験や失敗から早く気づいてもらえたら、もっと貴方が「自分らしく」幸せに生きる選択もできるんじゃないかなぁ~って、悩んで疲れて辛い毎日を送らなくてもすむんじゃないかなぁと思って、今日の告白を書いています。

 

仕事も子育ても手を抜きたくない「完璧」を目指して不幸に。幸せに近づく考え方とは?

育児家事をこなす母、そしてフルタイムワーカーだった私は、とにかく、子育ても仕事も頑張りたいって手を抜くことを知らずに、毎日をこなすことを目標に生きてきた感があって、

でもさ、人を育てるってホント大変よ。

今だって頑張ってるけど、子供はどんな大人になるかなんてわからないし、私だけの影響を受けるわけじゃないからね。

いわゆる「いい大人」になるってどんなだかわからないし、私が頑張ったところで子供も一人の人格のある人間だし、思い通りにならないことなんてたくさんある。それに、良かれと思ってやってあげててもそれが子供たち、みんなのためになるのかもわからないと思っていて、

だけど、自分の気持ちだけは、自分だけのモノ。だから、自分が幸せになるために頑張ったら、それはどんどん蓄積されていくんだと思う。

認められたい自分は常識人でなければならないと思っていたし、他人の目を気にして、いつも「頑張ること」を義務化していたよね。

だけど、にんげんだもの、弱い部分ある。今はそういう自分も受け止めて、出来ない自分がいてもいいと思っている。私には出来て、あなたにできないこともあるでしょう。だから、助け合えるんじゃないかなと思えるから。

 

そうそう、「何でも出来るようにならなくちゃいけない」っていう発想もあったなぁ・・・。

日本人って、長所をもっと伸ばそう!ってよりも、短所をなくそうというか、どれも平均的にしたいい方がいい、そして全体的に上を目指すという風潮あるかなと思うんだけど、

あれも、長所を伸ばせる人はどんどん伸ばして、短所は得意な人にやってもらったほうがよっぽど効率がいいと思うんですよ。

NiziUのプロデューサーの、J.Y.Parkさんも言ってたから。

キラっと光る、ちょっと他の人より上手なことが長所になるんだと思う。

だからさ~、頑張り過ぎなくていいんだと思うんだよね。(← しつこいくらいに言うよ!)

 

自分だと自分の長所って気づけない思うんだけど、好きなことだったり、ずっとやっていても飽きないことだったり、楽しめる事って、長所になり得るんだと思う。いまはSNSもあるしね、うまく利用すれば自分らしく生きるって出来るんじゃないかなぁ~って思う。

 

別にさ、お金持ちになることだけがすごいことじゃないよ。周りにちやほや、人がいっぱいいることが成功じゃないし。

 

ひとそれぞれ幸せの感じ方は違うと思うから、なにが自分にとって幸せを感じられるのか、世間の価値観、親の価値観、そんなのはとっぱらってしっかり考えていかないとね。

じゃないと、ホントに私みたいに自分が壊れちゃうし、自分のことなのに、自分のことがわからなくなってしまうよ。(復活する方法はまたどこかの機会でふれるね~。とか言いつつ、書くの遅かったらリクエストお便りください。)

 

弱くても、ダサくても、人より出来ないことがあっても、貴方のことを好きでいてくれる人はたくさんいるから、自分の心に素直に、苦しい時は苦しいって吐き出していいし、多少の迷惑をかけたっていいじゃないか~。人間は、支え合ってしか生きられないから。

 

支えてもらった経験が、自分も誰かの支えになってあげようって思える自分を作る、そう思うしね。

 

こんなふうに考えられるようになったのは、もういい大人になってから。それから10年もかかってやっとこ、ここだから(笑)

 

大丈夫、大丈夫。

 

どんどん、どんどん取り巻く環境は良くなっていく。

 

先は見えないし、不安なこともある。私も老後も生きる生活費足りるのかな、とか不安もある。

 

でも、先の見えないことを考えたって、答えはでやしない。だから、信じることを諦めないことも大切だと思う。

自分を信じて、自分が本当に幸せになるために、どういう自分でいたいのか、ちゃんと考える。そのために自分は何ができる? すぐに答えが出なくても、考えること、意識の上にのせることが大切。

 

ふっとした時に、答えが降りてきたり、気づきとなる言葉がやってきたりする。それも思わぬ方向から。だから常に意識しておかないといけない。

 

お金があれば色々解決できることも増えるから、お金を稼ぐことを頑張ってる人もいるけど、そこに幸せがあればいいんだけどね、そうじゃなかった時に大ショックだよね。

 

私も夫をギャフンって言わせたくてお金、お金、って数字を追っていた時があったけど、自分が求めてる目標にずれがでてくると、人って苦しくなったり、力がでなくなっていくんだね。だから、もしかしたら、その時に気づくことができれば、変わるチャンスかもしれない。

 

(っていっても、経済活動も大切だからね、自分がやっていて幸せと思える活動 × お金を稼ぐ経済活動 ができるようになると自分も幸せだし、幸せになれる人も増やしていけるなって思ってる。)

 

 

今、辛いのは頑張り過ぎてるから。

頑張らない自分を許す、

完璧主義にならなくていい、

ダメな自分がむしろチャーミング、

子育て中は借りられる手は、誰でも借りろ!

 

 

にんげんだもの、人は弱くていいんじゃないかな。
時に人に甘えていいでしょ!

 

完璧を求められたら苦しいのに、自分が完璧を求める。
結果、知らず知らず完璧を相手にも求める・・・(;’∀’)(;’∀’) ( ← それ、苦しいよぉ~~~)

 

だから、完璧もやめちゃお!

 

そんなに何でも頑張ったら、つぶれちゃうって。

 

自分のダメと思えるところも含めて、貴方を好きだって言ってくれる人、いる。

 

でも、そういう人とたくさん出会うと肩の二がどんどん降りるよ。

 

意外と今の人間関係でも、そういう相手ってみつかるんじゃないかな。
自分さえ、心を開けば・・・

(そうそう、私の経験からいと、特に自分から心を開くと、特に弱音はいたり?は、相手も開きやすい。でも、さらけ出す人はよく吟味して。上から圧をかけてくる人はそもそも仲良くなれないタイプだから、そこはそっとしておこう。みんなと仲良くなる必要はない、うまく立ち回ろう。)

 

まとめ ~ 心が軽くなって幸せになる方法 ~

私は自分に向けた強迫観念からパニック障害を起こして、電車に乗れない、閉所恐怖症、そういう日常的な生活に困るようになったのだけど、終わった~~~~って思った(笑)

精神症状とか、弱い人がなるものだって決めつけてた。

でもね、ホント、簡単にメンタルなんてやられるよ。

 

だから、早いとこ、ダメだなぁ~と思える自分を許せる、愛せるようになれることをオススメする。

 

しょぼくたっていいよ。私はいわゆる、すごい!って人よりも、弱みを出せる人や人の痛みがわかる人の方が100倍、1000倍も魅了的だと思ってる。

もちろん、すごい人も魅力的だとは思うけど、仲間になりたいか?と聞かれたら違うかも。(ま、色んな人がいるってことです。)

 

みんな、多かれ少なかれ生きづらさを抱えてる。

 

相手の生き方を批判したりして、そんなことしたって、自分が幸せになるわけでもないのに・・・それを「表現の自由」っていうのかもしれないけど、表現する意味はなに?と問いたい。

 

行動にはちゃんと意味があるって、偉い先生が教えてくれたので、他人を批判する行動をとる人にもちゃんと意味があるんだよね。

一つの解釈には、人を下げることで、自分をあげる効果があったりする。

「自分はこの人よりもマシ、幸せなんだ・・・」とかね。無意識の行動だから本人も気づいてないから、知ったら私ならガ~ンってなるな。

 

生きづらい毎日はある、けれど、自分の考え方を変えることができれば、もっと心が軽くなったり、幸せになる方法が必ず見つかると思う。

 

弱い自分を許そう、頑張らなくってもいい、ポンコツでもいいじゃないか、アタシもだいぶポンコツだよ(笑)

 

貴方は決して一人じゃない。

こうして繫がれる相手もできたじゃん!!!だから、辛くなったらそのことを思い出して欲しい。

貴方の立場もわからずに、軽率な言葉も使っていたらごめんなさい。

でも、時を同じくして、同じ星に生まれて、同じ日本語を理解できる仲間に、なにか出来ることがあったら嬉しいと思った私です。

 

自分が自分の一番の応援者であるのがいいけど、謙遜文化で育った私たちには難しかったりする。

だから、辛くなったら、いつでも応援するよ!!!さっきも「人をやる気にさせるのが天才的だわ~」って友達に褒められたから。応援されたい📨

 

( 人の褒め言葉にも昔は「いや、そんなことないです」とか否定してたけど、今は素直に「ありがとう~!」って受け取ってます(笑)。)

 

弱い部分も含めて、貴方を好きになってくれる人はたくさんいる。

 

あなたの幸せをこの場所で祈ってるよ!!! (今日も祈ったよ!!)

 

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